雨上がりの水たまりに映る、灰色の空と木々の枝

熊楠予備調査 #2——けがれは分類できるか

「塩に関する迷信」「詛言に就て」の禁忌記述約30件を、熊楠の態度(集める・説明する・保留する)で分類する予備調査。

1. 問い

南方熊楠は分類の人である。数千点の菌類を採集し、番号を振り、彩色図に残した。その同じ手が、随筆では「けがれ」や禁忌——塩を撒く、名を呼ばない、呪いの言葉を吐かない——を扱っている。菌なら乾燥標本と胞子が残る。だが禁忌には、観察できる実体がない。あるのは「してはならない」という感覚と、その周りに堆積した慣習だけである。

分類の名手は、分類に抵抗するものをどう書きとめたのか。

本稿では、熊楠が禁忌・呪詛を正面から扱った二篇の短文を対象に、個々の禁忌への言及ひとつひとつについて、熊楠がとった態度——世界中の類例を集めて並べるのか、起源を説明するのか、説明を断念して保留するのか、それとも禁忌の側に立つのか——を分類する。知りたいのは禁忌の内容ではなく、合理化がどこで成功し、どこで止まるかの地形である。

これは二篇に範囲を限った予備調査であり、熊楠の禁忌観の全体を論じるものではない。

2. 資料

  • 「塩に関する迷信」初出『人類學雜誌』第28巻第8号(1912年8月)。約1,000字の短文。青空文庫作品ID 52935。
  • 「詛言に就て」初出『人類學雜誌』第30巻第4号(1915年4月)。呪いの言葉(curse)をめぐる比較民俗誌。青空文庫作品ID 52936。

いずれも底本は『南方熊楠全集』第六巻〔文集〕(乾元社、1952年)、旧字旧仮名。青空文庫のパブリックドメイン公開テキストを用いた。補助として、同じ青空文庫の「十二支考 田原藤太竜宮入りの話」(作品ID 1916)から、禁忌の合理化に関わる一節を参照した。

熊楠自筆の日記・書簡など未刊行資料は一切使っていない。

3. 方法(AI利用範囲)

二篇の全文から、個別の禁忌・呪詛への言及を1件ずつ切り出した(「塩」8件、「詛言」20件前後——列挙的な事例群は一部まとめて数えたため幅がある。以下では約30件と呼ぶ)。各件について次を記録した。

  • 対象:何がタブーか(塩気のない霊飯、名の忌避、詛言そのもの、など)
  • 態度:熊楠がその件にとった姿勢を5分類——①博物学的(類例を集め出典を付して並べる)②起源論的(なぜ生じたかを説明する)③相対化(他文化・他宗教と並置して特殊性を解除する)④保留(説明せず記録だけ残す)⑤共感・内在(禁忌を成り立たせる感覚の側に立つ)
  • 確度の目盛り:説明に添えられた文末辞(「也」と断定するか、「歟」「かと」「ならん」「らしい」と留保するか)

抽出・分類・集計・執筆はすべてAI(本稿の筆者)が行った。態度の判定は解釈を含み、とくに④と②の境界(弱い推測は説明か保留か)は判断が割れうる。迷った件は保留側に寄せた。引用はすべて青空文庫の翻刻の表記のまま(旧字を含む)であり、原誌・全集原本との照合は行っていない。

4. 結果

4-1. 分布——禁忌は、まず標本である

約30件のうち、およそ6割が①博物学的だった。ロアンゴ(西アフリカ)の術士は使役する魂に塩気のない食を供える、欧州では塩をこぼすと凶兆で左肩越しに撒いて祓う、アッシリア人は墓碑に呪詛銘を刻む、ペルシアのシーア派は敵対者オマルの像を焼いて死者を詛う——それぞれに Ogilby、Cox、Conder といった出典が添えられ、日本の事例(命日の霊飯、葬送の塩、記紀の呪詛)と同じ棚に並べられる。

この手つきは菌類図譜と同じである。採集地(出典)を記し、標本(事例)を並べ、比較可能な状態にして保管する。禁忌は、熊楠の机の上では観察不能な聖なる何かではなく、産地ラベルつきの標本として扱われている。

象徴的なのは「塩に関する迷信」の一節である。『日本書紀』で、父を斬った者の名に「鹽」の字があったため、造媛(みやつこひめ)が塩の名を聞くことを忌み、周囲が堅塩(きたし)と言い換えた話を引いて、熊楠はこう畳む。

其家限り行はるゝ禁忌(タブー)也。

「タブー」という人類学の分析語を、日本の古典の事例にそのまま貼り付けている。今回対象にした青空文庫公開の25作品全体を検索しても、「タブー」の語はこの一箇所にしか現れない。1912年の日本語雑誌論文で、書紀の逸話が「家例のタブー」として分類されている——禁忌が学術標本になる瞬間である。

4-2. 合理化が成功する場面——自然因、附会、退化

②起源論的な説明は、要所で明快に決まる。三つの型が見える。

自然因を先に置く型。 東トルキスタンのヤルカンドでは住民の多くが喉に瘤を生じ、聖者の呪いが原因と伝えられる。熊楠は伝説を紹介する前に言い切る——「是は其地の河水を飮むからで、井水を用る者は此病無し」。まず自然の原因、それから呪いの古伝、という順序である。

附会と断じて系譜を辿る型。 砂に埋もれた古都ホラオロキアの伝説(阿羅漢を辱めた住民が砂の雨で滅ぶ)については、「昔全盛だつた市街が沙漠と成つたに附會した佛説」と断じ、さらに原話を漢訳仏典『雑宝蔵経』の類話まで遡って特定する。呪いの物語は、地理的事実に後から貼られた説明として処理される。

退化として歴史化する型。 「詛言に就て」の結論は、「昔重大だつた呪詛術が今日輕々しく發する詛言と成つたと知るべし」。かつて作法を伴う重い儀礼だった呪詛が、作法を失って口先の悪態に転落した——禁忌の現在の軽さそのものが、歴史的変化の産物として説明される。

しかも熊楠は、合理化なら何でもよいとはしていない。竜や河童が瓢箪を忌むという禁忌をめぐり、瓢箪の水が凍って裂ける音が嫌われたのだという先行の説明(ビール説)を「迂遠に過ぎる」と退け、代わりにアフリカのシレ河畔でワニを避けるため長棒の先の瓢箪で水を汲む実例を並べる(「田原藤太竜宮入りの話」)。説明には品質基準があり、こじつけは却下される。

4-3. 合理化が止まる場面——「其譯を知らず」

ところが「塩に関する迷信」には、説明の止まる箇所が二つ、はっきり残されている。

命日に死者へ供える飯を、塩気なしに土鍋で炊く風習について——「本邦にも、何の譯と知らぬが、命日に死者に供ふる飯を鹽氣なき土鍋もて炊ぐ」。

食事のとき塩と味噌を膳に並べて置かない風習について——「又、食時に鹽と味噌を膳上に並べ置ず。其譯を知らず」。

どちらも、理由が分からないと明記した上で、風習そのものは記録される。そして少しあとに、確度を落とした推測が添えられる。並べ置かない訳は、刑死人に鉈豆の味噌漬を三片食わせた故事と関係する「かと」。霊飯の塩抜きは、亡霊が塩と鉄を忌むとした古い観念に出る「ならん」。

この文末辞の使い分けは一貫している。書紀の事例をタブーと断じるときは「也」。葬送の塩撒きの通説(不浄を掃う)を訂正するときは「歟」。仏教の死生観を要約するときは「らしい」。断定・推量・伝聞が、それぞれ違う目盛りで刻まれる。分からないものは、分からないという印をつけたまま棚に載る——菌類図譜で同定できない標本に疑問符を残したのと、同じ手である。

4-4. けがれは、けがれとして扱われない

本稿の問いにとって最も重要な発見は、消去法で見えるものだった。この二篇で熊楠は、「けがれ」を説明の道具として使わない

葬式帰りに門前で塩を撒く風習は、当時も今も「不浄を掃う」——けがれを祓う——と説明される。熊楠はこの通説を引いた上で、置き換える。

熊楠謂ふに、葬送の還りに門に鹽を撒くは不淨を掃ふといへど、實は鬼が隨ひ來るを拒ぐ者歟。

けがれという抽象的な観念を、「死霊がついて来るのを塩で防ぐ」という具体的な作用の話に差し替えている。霊飯の塩抜きも同様に、亡霊が塩と鉄を忌むという実体的な想定へ還元される。清浄/不浄という二項で世界を語る代わりに、行為者(鬼・亡霊)と物質(塩・鉄)の関係で語り直す。けがれは、分類される前に分解されている。

だとすると「けがれは分類できるか」という本稿の問いへの、この二篇からの答えはこうなる。禁忌の事例は、際限なく分類できた——出典を付し、型に分け、タブーの語まで輸入して。分類をすり抜けたのは事例ではなく「なぜ」であり、熊楠はそこに「其譯を知らず」という札を掛けて棚に戻した。けがれという観念そのものは、彼の棚には載っていない。載る前に、鬼と塩の話に分解されてしまうからである。

4-5. ただ一箇所、棚に載らない文

最後に、分類者が一瞬だけ禁忌の側に立つ箇所がある。「詛言に就て」の冒頭、「早くくたばれ」「死んぢまへ」の類について——

今日何の氣もなくそんな語を吐く人が有る樣だが、實は甚だ宜しくない。

英米の God damn も「極めて聞苦しい」と続く。これは観察でも説明でもなく、規範の表明である。呪詛の効力を信じた昔の人々を紹介する文脈に置かれてはいるが、「宜しくない」の主語は熊楠自身であり、なぜ宜しくないかの説明はない。約30件のなかで、態度⑤(共感・内在)と判定できたのはこの1件だけだった。標本箱の外に、説明のつかない一文が残っている。

5. 限界と次

態度の判定は解釈である。 とくに4-5の「宜しくない」が、呪詛の力への残存的な感受性なのか、単に言葉遣いの品位の話なのかは、この二篇からは決められない。前者と読めば「分類者の内なる禁忌」という強い主張になるが、その断定は現時点の資料では支えられない。

二篇は小さすぎる。 「塩」は約1,000字しかない。約30件という母数では、態度の「分布」を語るのは本来心もとない。『十二支考』全篇には「忌む」「穢」を含む記述が多数あり(粗い検索で数十箇所)、同じ分類を横断適用すれば、6割博物学的という比率が保つかどうか検証できる。

翻刻の限界。 青空文庫テキストには外字が画像化され欠落した箇所があり(「田原藤太」のワニの字など)、引用はその制約の中にある。原誌『人類學雜誌』での照合が要る。

次にすべきこと。 第一に、『十二支考』への横断適用で分布の再現性を見る。第二に、「タブー」「禁忌」という分析語の使用箇所を刊行著作全体で洗い出し、熊楠がいつからこの人類学概念を日本語の道具として使い始めたかを特定する(本稿の検索は公開25作品に限られる)。第三に、4-4で見た「けがれの分解」が、けがれ・清浄を正面から扱う他の論考でも起きているかを確かめる。


公開資料では確定できず、顕彰館所蔵資料で確認すべき点

  • 熊楠自身が禁忌をどう実践したか——日記・書簡に、自らの物忌みや禁忌への言及(守った・破った・気にした)があるか。4-5の「宜しくない」の重さを測る手がかりになる。
  • 『人類學雜誌』初出誌面と乾元社全集・青空文庫翻刻との異同(とくに「禁忌(タブー)」のルビの原表記)。
  • 「塩に関する迷信」に続編・関連草稿があるか。本文は「其譯を知らず」を二つ残したまま閉じており、後年の再論の有無は棚の札が掛け替えられたかどうかの証拠になる。

本稿の抽出・分類・執筆は、青空文庫のパブリックドメイン公開テキストのみを対象にAIが実施した予備調査である。態度の分類は主観を含み、原典による人間の照合は今後の工程に残されている。

この記事の作成にはAIによる補助を利用しています。詳細はAI利用方針をご覧ください。